銅の覇権が世界を制す:AI・脱炭素時代の「新・石油」を巡る静かなる戦争

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​はじめに:私たちの足元で起きている「静かな地殻変動」

​現代社会において、私たちが手にしているスマートフォン、街中を走り始めた電気自動車(EV)、そして今この瞬間も膨大なデータを処理しているAI。

これらすべてを支える「最も古くて新しい金属」があることをご存知でしょうか。

​それは「銅(Copper)」です。

​かつて銅は、電線や配管の材料として「コモディティ(ありふれた商品)」の代名詞でした。

しかし今、その立ち位置は劇的に変化しています。

資源業界では、銅はもはや単なる金属ではなく、21世紀の経済成長と安全保障を左右する「新・石油」としての地位を確立しつつあります。

​しかし、その供給網の背後には、不気味な影が忍び寄っています。

中国による「金属支配」のシナリオです。

もし銅の支配権を特定の国が握ることになれば、それは単なるビジネスの問題を超え、世界経済に対する「システミックリスク」へと発展します。

​本記事では、いま資源業界で何が起きているのか、そしてなぜ「銅」が未来の覇権争いの主戦場となっているのかを徹底的に解剖していきます。

​第1章:レアアースの教訓と、銅が抱える「逃げ場のなさ」

​まず、私たちが思い出すべきは「レアアース(希土類)」を巡る過去の紛争です。

​レアアースは、ハイテク兵器や精密機器に欠かせない17種類の元素の総称です。

名前に「レア」と付いていますが、実は地球上には比較的広く存在しています。

しかし、その抽出・分離・加工プロセスが極めて煩雑で環境負荷が高いため、先進諸国が手を引く中で、中国が国を挙げて投資を続け、世界の供給の9割を握るに至りました。

​中国はこの支配力を、外交上の「武器」として活用してきました。

特に日本は、尖閣諸島を巡る対立などで輸出制限を受け、サプライチェーンが麻痺するという苦い経験をしています。

​しかし、レアアースには「逃げ道」がありました。

例えば、ドイツのBMWは、レアアース(ネオジム磁石など)を使用しない電気モーターの開発に成功しています。

つまり、高価でリスクがあるなら「使わない技術」で回避することが可能だったのです。

ところが、銅は違います。

​銅には、銀に次ぐ極めて高い導電性(電気の通しやすさ)があり、加工がしやすく、耐食性にも優れています。

建設、配管、電子機器、送電網……現代文明のインフラで銅を使わない分野を探す方が困難です。

今のところ、銅の性能を同等のコストで代替できる金属は存在しません。

​「レアアースはスパイスだが、銅は主食である」――そう言われる所以です。

​第2章:AIデータセンターと「電化」の加速という巨大な波

​なぜ今、銅の需要がこれほどまでに爆発しているのでしょうか。

そこには2つの巨大な構造変化があります。

​1. AI革命とデータセンターの巨大化

​ChatGPTに代表される生成AIの進化は、私たちの想像を超えるペースで進んでいます。

AIを動かすには膨大な演算能力が必要であり、それを支えるデータセンターは「電気を食う怪物」です。

データセンター内部には、サーバーを繋ぐ無数のケーブル、配電盤、冷却システムが張り巡らされていますが、これらには大量の銅が使用されます。

AIの普及が進めば進むほど、物理的な「銅の壁」に突き当たることになるのです。

​2. 全世界の「電化」とグリーンエネルギー

​脱炭素社会の実現に向けた「電化」は、銅の需要を底上げする最大の要因です。

  • 電気自動車(EV): 従来のガソリン車に比べ、EVには約3倍〜4倍の銅が使用されます。モーターの巻線からバッテリー、充電インフラまで、すべてが銅の塊です。
  • 再生可能エネルギー: 太陽光発電や風力発電は、大規模な発電所から消費地まで電気を運ぶために、火力発電の約5倍の銅を必要とします。

​米コンサルティング会社S&Pグローバルは、2040年までに年間1000万トンの銅が不足するという衝撃的な予測を出しています。

これは現在の世界需要の約33%に相当します。

この不足が解消されなければ、私たちが目指す「グリーンな未来」も「AIによる技術革新」も、物理的な材料不足によって頓挫しかねないのです。

​第3章:中国の「精錬」支配という静かな包囲網

​「銅の採掘(マイニング)」に関しては、中国が圧倒的な支配権を持っているわけではありません。

最大の産出国はチリやペルーといった南米諸国であり、多国籍企業が権益を持っています。

​しかし、問題はその先、「精錬(リファイニング)」の工程にあります。

​掘り出された銅鉱石を、不純物を取り除いて純度99.99%の「電気銅」にする工程において、中国は世界の50%以上のシェアを握っています。

​なぜこのような事態になったのでしょうか。

それは、精錬工程が「エネルギーを大量に消費し、環境汚染のリスクを伴う、利益率の低い仕事」だったからです。

かつて欧米諸国は、こうした「汚れる仕事」を低コストで引き受けてくれる中国に丸投げしてきました。

その結果、気がつけば中国は、世界中の銅鉱石が集まり、製品として出荷される「世界の加工工場」としての地位を確立してしまったのです。

​中国はこの力を、単なる経済活動としてだけでなく、地政学的なレバレッジとして理解しています。

実際に、他の工業用金属に目を向けると、その支配力はさらに顕著です。

  • タングステン加工: 83%
  • アンチモン加工: 80%
  • リチウム加工: 75%

​もし中国が「自国の需要を優先する」として輸出を制限すれば、西側諸国の製造業は一瞬で干上がります。

これが、コラムが指摘する「システミックリスク」の正体です。

​第4章:資源メジャーの「なりふり構わぬ」合従連衡

​この危機を最も敏感に察知しているのは、国家よりも先に、世界の資源大手(資源メジャー)たちです。

彼らは今、銅の権益を確保するために、史上空前の規模でM&A(合併・買収)を加速させています。

​いま、業界を揺るがしているのは、「リオティント」と「グレンコア」の統合交渉です。

リオティントは銅の採掘で世界8位、グレンコアは9位。

この2社が合併すれば、現在首位の米フリーポート・マクモランを一気に抜き去り、世界最大の「銅の帝国」が誕生します。

​なぜこれほどまでに巨大化を急ぐのか。

それは、新規の銅鉱山を開発することが極めて難しくなっているからです。

一つの銅鉱山を見つけてから、実際に生産を開始するまでには平均して15年以上かかると言われています。

環境規制、先住民との対話、インフラ整備……。

ゼロから掘り始めるよりも、すでに権利を持っている会社を丸ごと飲み込む方が、手っ取り早く「未来の供給」を確保できるのです。

​この動きを、世界最大の採掘会社である豪BHPグループも虎視眈々と狙っています。

BHPは昨年、英アングロ・アメリカンに巨額の買収提案を仕掛けました(最終的には合意に至りませんでしたが)。

その狙いもまた、アングロ・アメリカンが保有する優良な銅資産でした。

​こうした企業の動きは、単なる利益追求ではありません。

彼らは、「未来の経済において、銅を持っている者がルールを決める」という確信に基づいて動いているのです。

​第5章:失われた数十年の代償と、これからのシナリオ

​西側諸国が金融工学やソフトウェア開発、デジタル経済といった「綺麗でスマートな分野」にリソースを集中させている間、中国は泥臭く、ときに汚染を伴う「物理的な基盤」への投資を続けてきました。

​その代償が、現在の「供給不安」と「価格高騰」です。銅の価格は過去1年で40%以上も上昇し、1ポンドあたり6ドル前後という史上最高値圏にあります。

しかし、これはまだ序章に過ぎないかもしれません。

​西側諸国がいま慌てて自国や同盟国内で精錬所を再構築しようとしても、技術、人材、そして厳しい環境規制の壁があります。

この立て直しには「何年も、もしかすると数十年」の歳月が必要になります。

​今後のシナリオとしては、以下の3つが考えられます。

​1. 「資源ナショナリズム」の激化

​銅を産出する国々(チリ、ペルー、コンゴ民主共和国など)が、自国の資源を守るために輸出制限をかけたり、税率を大幅に引き上げたりする動きです。

これにより、資源メジャーのコストはさらに増大し、末端の製品価格(EVや家電)に転嫁されます。

​2. 「フレンド・ショアリング」の加速

​同盟国や友好国の間でサプライチェーンを完結させる動きです。

日本、米国、欧州が連携し、中国に依存しない銅の精錬ネットワークを構築することですが、これには膨大な政府補助金と時間が必要です。

​3. 「銅不足」による成長の鈍化

​これが最も恐ろしいシナリオです。S&Pグローバルのダニエル・ヤーギン氏が懸念するように、銅の供給が追いつかないために、AIの進化が止まり、脱炭素の目標達成が不可能になる。

つまり、銅が人類の進歩の「ボトルネック(首折れ)」になってしまう状況です。

​おわりに:私たちは「物質」の時代に戻ってきた

​長らく、私たちは「これからはデジタルの時代であり、物理的なモノの価値は相対的に下がる」と信じてきました。

しかし、現実が教えてくれたのは、「デジタルな夢を見るためには、圧倒的な物理的基盤が必要である」という冷徹な事実でした。

​銅を巡る争奪戦は、単なる資源の奪い合いではありません。

それは、未来の社会システム(AI、クリーンエネルギー、軍事力)を誰がコントロールするのかという、地政学的な覇権争いそのものです。

​中国が先行投資によって築き上げた「精錬支配」という城壁に対し、西側諸国はどう立ち向かうのか。

企業レベルの合併劇は、そのための「防衛策」に過ぎません。

​私たち消費者にできることは、スマートフォン1台、家電1つの中に、こうした「世界の覇権争いの産物」が詰まっていることを理解することです。

そして、政府や企業がこの「銅の危機」に対してどのような戦略を取るのか、厳しい目で注視し続ける必要があります。

​「銅は進歩の推進役であり続けるのか、それとも成長の足枷になるのか」

​その答えが出る日は、私たちが考えているよりもずっと早く、2030年、あるいは2040年の足音とともにやってくるでしょう。

以上、参考になりましたら幸いです!

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