なぜ経常黒字なのに円安?1ドル162円の歴史的円安を紐解く「2つの力」と、私たちのサバイバル術

事業

日銀が利上げに踏み切り、国が11兆円を超える巨額の為替介入を行ったというニュースが連日メディアを賑わせています。

それにもかかわらず、歴史的な円安は一向に止まる気配を見せません。

一時は1ドル162円を超える水準まで進んだことで、私たちの多くが「日本の通貨は本当に大丈夫なのだろうか」と、かつてない不安を抱いています。

ここで一つの大きな疑問が浮かび上がります。「昔は、日本が黒字になれば円高になると習ったはずなのに、なぜ今は過去最高の黒字を記録しているのに円安が進むのか」という謎です。

この複雑に見える現象の正体を突き詰めるためには、目先の動きを決める「循環要因(短期的な力)」と、日本経済の骨組みに関わる「構造要因(長期的な仕組みの変化)」という2つの視点から紐解く必要があります。

実はこの歴史的円安の裏側には、私たちのスマートフォンでの何気ない決済や、新NISAでの資産運用といった身近な行動も、深く深くつながっているのです。

【循環要因】金利差という「目先の綱引き」に勝てない理由

まず、ニュースで最もよく耳にする短期的な要因から見ていきましょう。為替を動かす最も分かりやすい力、それが日米の「金利差」です。

お金には、金利が低いところから高いところへと流れるという絶対的な習性があります。日銀が政策金利を1%前後へと引き上げても、対するアメリカの金利は3%台後半という高い水準を維持しています。

日本が利上げをしたとはいえ、両国の間には依然として2.5%以上の大きな開きがあるのが現状です。

投資家の視点に立てば、手元に置いておいても1%程度しか増えない「円」を持つより、3%以上増える「ドル」で運用したいと思うのは当然の心理と言えます。

この「円を売って、ドルを買う」という極めて合理的な選択が、世界中の市場で毎日休むことなく繰り返されているのです。

では、政府が無理やり円を買い支えれば解決するのかというと、話はそう単純ではありません。実際、政府・日銀は累計で約11兆7000億円という過去最大規模の資金を投じて「円買い・ドル売り」の介入を行いました。

しかし、これは一時的に変動のスピードを抑える「時間稼ぎ」にはなっても、市場の巨大なトレンドそのものを反転させる力はありません。

歴史を振り返ると、1992年にイギリスで起きた「ポンド危機」がその限界を証明しています。

当時、天才投資家ジョージ・ソロス率いるヘッジファンド勢の猛烈なポンド売りに立ち向かったイギリス政府は、激しい為替介入を行いましたが、結局は敗北し、ポンドの急落を防げませんでした。

どれだけ巨大な政府や中央銀行であっても、国の経済実態という「実力」に逆らって、為替レートを無理に維持することはできないという厳しい現実を、この歴史は教えてくれています。

【構造要因】「貿易立国」から「投資立国」へ。日本経済の「稼ぎ方」が変わってしまった

今回の円安が何より深刻なのは、目先の金利差だけでなく、日本経済の骨組みそのものが「円安になりやすい体質」に変貌してしまったからです。

これこそが、より根深い「構造要因」です。
かつての日本は、国内の工場で自動車や家電をたくさん作り、海外に売ってドルを稼ぐ「貿易立国」でした。

この時代は、海外で稼いだドルを国内の社員の給料や設備投資に充てるため、必ず「円に換える動き(円転需要)」が発生していました。

外貨を売って円を買う人が大勢いたからこそ、自然と円高圧力が生まれていたのです。
しかし、現在の日本は海外への投資で稼ぐ「投資立国」へと完全に姿を変えています。

日本の企業は、海外で売るものは海外の工場で作る「現地生産・現地販売」へとシフトしました。

例えばトヨタ自動車を見ても、今や生産台数のおおむね3分の2が海外工場で行われています。

そのため、現在の日本の黒字を支えている主役は、モノの売り買いである貿易ではなく、海外への投資から得られる配当や利息といった「第1次所得収支」です。

この黒字は年間40兆円規模という過去最高水準に達しています。国全体としては対外的に豊かな大金持ちになっているはずなのに、なぜ円高にならないのか。ここに最大の罠が隠されています。

為替レートを動かす本当の決定打は、黒字の額そのものではなく、市場で「外貨を円に換える動き」があるかどうかです。

現在、海外の子会社が現地で稼いだ莫大な利益は、わざわざ日本円に戻されません。

そのまま海外での新しい工場建設や、現地企業の買収といった「再投資」に回されてしまうのです。

結果として、日本全体としてはしっかり稼げているのに、為替市場では円を買い戻す動きがまったく発生しないという、いびつな構造が定着してしまいました。

物価の変動などを考慮した、通貨の本当の実力を示す「実質実効為替レート」を見ると、現在の円の購買力は2020年を100とした場合に「67前後」まで落ち込んでいます。

これは、名目上の1ドル162円という数字以上に、世界における「円のモノを買う力」が半世紀ぶりの低水準まで衰えているという、深刻な実態を物語っています。

私たちの「日常のポチリ」と「新NISA」が円安を加速させている?

マクロ経済や大企業の話を聞くと、どこか自分には関係のない遠い世界の出来事のように思えるかもしれません。

しかし実は、私たちの日常生活における何気ない選択が、見えないところで「円売り・ドル買い」の巨大な波を作る一端を担っています。

その代表格が、誰もが日々加担している「デジタル赤字」の拡大です。

あなたが毎日使っているYouTube Premiumの会費、InstagramやXへの広告費、Amazonでの買い物、Zoomやクラウドサービス、さらには最新のAIツールの利用料にいたるまで、私たちが依存しているサービスの多くはアメリカの巨大IT企業が提供しています。

このようにデジタルサービスを通じて日本から海外へ流出していくお金は、年間で約6.7兆円にものぼります。

私たちがスマートフォンの画面をタップして便利さを享受するたびに、結果として為替市場の裏側では、円が売られドルが買われるという持続的な圧力が発生し続けているのです。

さらに、新NISAという「合法的な円売り」のトレンドもこの動きに拍車をかけています。

新NISAのスタート以降、個人投資家の間で圧倒的な人気を誇っているのが、「オルカン(全世界株式)」や「S&P500(米国株)」といった海外資産のインデックスファンドです。

「将来のために、毎月コツコツ積み立てよう」という個人の行動は非常に素晴らしいものです。

しかしこれも、為替市場の視点から見ると、毎月一定額の円を売り、外貨に換えて海外の株を買い続けるという一方向のエネルギーになります。

何百万人もの個人マネーが毎月一斉に海外へ流出していくわけですから、その円売り圧力は決して侮れるものではありません。

光と影が混在する「円安時代」をどう生き抜くか

この歴史的な円安は、日本社会に強烈な「光と影」を生み出しています。

グローバルに展開する巨大製造業にとっては大きな追い風であり、海外での稼ぎが円安マジックによって大きく膨らみ、過去最高益を叩き出しています。

また、海外からの観光客にとっては日本のお土産代が格安になるため、インバウンドバブルという華やかな光が当たっています。

その一方で、エネルギーや食料の多くを輸入に頼る内需企業や一般家庭には、重い影が落ちています。

電気代やガソリン代、食品からスマートフォンにいたるまで、あらゆる身の回りのモノの値上がりが止まらないのは、まさに「円のモノを買う力」が弱まっているからに他なりません。

今後、アメリカの景気が後退して金利が下がれば、一時的に1ドル140円や130円といった円高方向に戻る局面はあるでしょう。

しかし、これまで見てきた通り、「稼いだ外貨が日本に戻らない」「私たちがデジタルや投資を通じて外貨を買い続ける」という構造要因が変わらない限り、本質的な円安体質が治ることはありません。

これからの時代を生きる私たちに必要なのは、表面的な為替の数字に一喜一憂してただ恐れることではなく、この構造を理解した上で、自ら主体的に行動を起こすことです。

たとえば資産を守る観点では、すべての財産を日本円だけで持つリスクを意識することが求められます。

新NISAなどを活用して外貨建て資産を持つことは合理的ですが、同時に円高に振れた時のために日本株や円の現金を一定割合残しておくような、バランスの良い通貨の分散が鉄則となります。

また、働き方の面でも「外貨」を意識したビジネスを模索する価値があります。

国内の縮小する市場だけで完結せず、インターネットを通じて海外の顧客から直接外貨を稼げるようなスキルを身につけることです。

YouTubeやブログで海外向けのアクセスを集め、ドル建ての広告収入(アドセンス報酬)を得ることも、今や個人で始められる立派なアプローチです。

為替の激しい波に振り回されてため息をつくのではなく、その波が起きる仕組みを正しく知り、うまく乗りこなす準備を、今すぐ始めてみませんか。

コメント