「どこも人手不足だ」「求人を出しても人が集まらない」というニュースや街の声を聞く機会が増えました。
一般的な経済の原則(需要と供給の関係)から考えれば、「働く人が足りないなら、求人給料を上げて人を集めるのが当たり前」のはずです。2024年以降の春闘などを通じて大企業を中心に賃上げの動きは見られるものの、飲食、介護、清掃、運送、警備といった現場に目を向けると、相変わらず給料は低い水準に据え置かれています。
「なぜ、人手不足と叫ばれている業界ほど給料が上がらないのか?」
その背景には、個人の努力や現場の頑張りではどうにもならない日本の社会的な「仕組み(構造)」の歪みが存在しています。今回は、人手不足な業界が低賃金ループから抜け出せない3つの本質的な理由と、私たちがこれからどう働き方を選んでいくべきかについて解説します。
理由1:補充され続けた「安い労働力」と「補助金」による延命
本来、市場原理が正しく働いていれば、「高い給料を払えない収益性の低い会社」は人が集まらず、淘汰(倒産・撤退)されていくはずです。生き残った業績の良い会社に人が集まり、適正な賃金水準へ上がっていくのが正常な経済の仕組みだからです。
しかし、日本社会はこの約30年間、企業が給料を上げなくても事業を継続できるように「新しい労働力の穴埋め」を国や社会全体で続けてきました。
- 派遣・非正規雇用の拡大
- 専業主婦層のパート労働化
- 定年退職した高齢者の再雇用
- 外国人労働者(技能実習生等)の導入
「人手が足りない」となるたびに、賃上げという本質的な対応をするのではなく、口をひねれば出てくる水道水のように「安く働く労働力」を市場へ供給し続けてきたのです。
さらに、近年では「公的補助金による延命」という要素も拍車をかけています。雇用調整助成金などの公的支援が人件費や資金繰りを補填することで、本来なら淘汰されるべき低収益・低賃金企業が存続できてしまい、業界全体の賃上げ圧力を弱める最悪の悪循環を生んでいます。その結果、人件費を抑えられることで「ロボット導入」や「IT化」などの省力化投資すら進まない状態が固定化されました。
理由2:「価格決定権の欠如」が行き着く「人手不足倒産」
2つ目の理由は、ビジネスにおける「価格決定権」の欠如です。どんなに現場が汗を流して働いていても、会社自体がサービスの値段を自由に上げられない構造に置かれています。
価格を決められない理由は、業界ごとに主に3つのパターンがあります。
- 激しい価格競争・相場の壁(外食、小売など)
「ラーメン1杯の相場」など、他社との競争によって上限が決められてしまい、独自の値上げが難しい。 - 多重下請け構造・強い元請けの存在(清掃、警備、運送など)
ピラミッド型の発注構造になっており、親会社や顧客から提示された安い単価を呑むしかない。 - 国による公的施策の制限(介護、福祉など)
介護報酬や診療報酬など、国がサービス価格を一律で規定しているため、現場の努力で価格を改定できない。
自分たちの手で商品の値上げ(価格転嫁)ができない以上、他社と争うための武器は「安さ」しかなくなります。原材料費や光熱費が高騰する中で、最終的に削れるコストは「人件費」しか残されません。
このような業界では「人が足りないから給料を上げよう」という選択肢が物理的に存在せず、無理な低賃金運用を続けた結果として「人手不足倒産」(給料を上げられず人が集まらないことによる倒産)や、サービスの縮小(バスの減便や営業時間の短縮)という力技の調整に追い込まれることになります。
理由3:スキルの頭打ちと「代替可能性」の高さ(+労働移動コスト)
「アメリカのように、転職を繰り返せば給料は上がるのではないか?」
そう疑問に思うかもしれません。しかし、日本の低賃金業界では離職率が異常に高いにもかかわらず、賃金が上昇する気配はありません。
ここで押さえておくべき残酷な原則は、給料の額は「労働の辛さ」ではなく「その人の代わりの見つけにくさ(希少性)」で決まるということです。
低賃金になりやすい業界の特徴として、「スキルの修得期間が短い(すぐ業務に慣れる)」点が挙げられます。例えば、新人が入社しても数週間〜数ヶ月の研修で、ベテランに近い作業スピードやクオリティに到達できてしまいます。
会社側から見ると、これは次の計算が成立することを意味します。
- 給料の高いベテランに辞められても、安い賃金の新人を入れた方がコストが浮く
- 人材を入れ替えるための「教育コスト」が圧倒的に低い
さらに日本の場合、住宅事情や家族形態、学び直しのハードルなど「労働移動コスト(辞めて他へ行くリスクや手間)」が大きいため、働く側も現状の環境に縛られがちです。会社側も「この労働者は簡単には他へ逃げられない」と見越しているため、働く側の賃上げ交渉力(レバレッジ)が一切働きません。
まとめ:これからの時代を生き抜くキャリアの視点
ここまでの構造を整理すると、ひとつの大きな結論にたどり着きます。
それは、「個人の努力以上に、自分が身を置く『構造(業界)』によって給料の上限が決まってしまう」という事実です。
どれだけ真面目に、どれだけ長時間働いたとしても、
- 価格決定権がなく、他社の値下げ圧力や元請けの交渉力に晒されている
- 安い労働力や補助金によって低収益企業が延命されている
- 代わりの人材がすぐに見つかり、労働者が他業界へ移動しにくい
という構造の中にいる限り、個人の努力だけで収入を大きく伸び伸びと育てるのには限界があります。
キャリアを考える上で最も重要なのは、「どれだけ頑張るか」ではなく「どこで(どの構造で)頑張るか」です。
自分のスキルやキャリアを磨く際は、
- 「そのスキルは他人に数ヶ月で真似できるものか?」
- 「その業界・会社は自社でサービスの価格を決められる強みがあるか?」
- 「補助金や安易な人件費削減に頼らず自走できているか?」
という視点を持ち、自分自身の「代えがたさ」と「市場を移動する自由」を高めていく選択が求められています。

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